スカイマークのサービスコンセプトの是非
先週のブログで、「ブランディングの本質は『嫌われてもいい』と覚悟すること」と書きました。この考え方に通じることを実行して、最近ちまたで論議を巻き起こしているある出来事について考えたいと思います。
それは、スカイマークの「サービスコンセプト」についてです。スカイマークは、5月18日ごろから、「スカイマーク・サービスコンセプト」という文書を機内のシートポケットに入れていました。その内容が、東京都消費生活総合センターを含め、一部の間でひんしゅくを買い、今週にも内容を改訂することになったようです。その内容とは、次のようなものでした。
スカイマーク・サービスコンセプト
スカイマークでは従来の航空会社とは異なるスタイルで機内のサービスをしております。「より安全に、より安く」旅客輸送をするための新しい航空会社の形態です。つきましては皆様に以下の点をご理解頂きますようお願い申し上げます。
1. お客様の荷物はお客様の責任において収納をお願いいたします。客室乗務員は収納の援助をいたしません。
2. お客様に対しては従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意することもあります。
3. 客室乗務員のメイクやヘアスタイルやネイルアート等に関しては「自由」にしております。
4. 客室乗務員の服装については会社支給のポロシャツまたはウインドブレイカーの着用だけを義務付けており、それ以外は「自由」にしております。
5. 客室乗務員の私語等について苦情を頂くことがありますが、客室乗務員は保安要員として搭乗勤務に就いており接客は補助的なものと位置づけております。お客様に直接関わりのない苦情についてはお受けいたしかねます。
6. 幼児の泣き声等に関する苦情は一切受け付けません。航空機とは密封された空間でさまざまなお客様が乗っている乗り物であることをご理解の上で搭乗いただきますようお願いします。
7. 地上係員の説明と異なる内容のことをお願いすることがありますが、そのような場合には客室乗務員の指示に従っていただきます。
8. 機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定時運航順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様は「スカイマークお客様相談センター」あるいは「消費生活センター」等に連絡されますようお願いいたします。
スカイマーク株式会社
日本の企業としては、良くも悪くも、とても斬新な打ち出し方ですが、皆さんは、この内容をどのように受け止めるでしょうか。
誤解を恐れずに言うなら、私はサービスを提供するあらゆる企業が、そのポリシーを明らかにすること自体はむしろ必要なことではないかと思いました。なぜなら、サービスの料金というのは、サービスのポリシーとそれに基づき自ら約束したサービスレベルを守ることの上に成り立っているからです。しかし、この問題は、それほどシンプルだとは言えません。
この話題で生じた論点は、大きく分けて2点あるのではないでしょうか。
1つは、「苦情を受け付けない、消費生活センター等に連絡してほしい」と言い切ってしまったことの是非。
もう1つは、「お客様は神様です」という日本的な考え方があり、さらに航空会社なのだからという発想で、スカイマークのこのポリシーは傲慢であるという主張。
しかし、この2点はまったく別のことだと考えるべきだと思います。
私は、企業として、「機内での苦情は一切受け付けません」と書いてしまったのは、失敗だったと思います。接客に関するポリシーを書くこと自体なら問題視されなかったはずなのに、これを書いてしまったために、企業姿勢を疑われることになりました。機内であろうが、なかろうが、航空会社であろうが、なかろうが、「苦情を受け付けない」と告知したからといって、苦情から逃げられるわけではありません。スカイマークは、これを書いたことで、実際に機内で苦情があった場合に苦情から逃げられると考えたのでしょうか。責任を負わない布石として、このサービスポリシーが作られたのであれば、それは反感を買っても仕方ないと思います。
一方で、「サービス業なのだからお客様を神様と扱え」とする考え方で批判をしている人に対しては、私はスカイマークを擁護したくなります。顧客を大切にすることはどの企業にとっても大切ですが、どういう思想で大切にするかは、各社各様であるべきです。スカイマークは、接客において顧客満足を追求するためのコストをかけないことで、低料金を実現させ、別の顧客満足を追求しているのだと私は理解しています。
日経ビジネスの連載で人気を博している河合薫さんも、スカイマークのこの件について、次のように書いています。
顧客を満足させるのは、タダじゃない。このことを一体どれだけの企業が理解しているのだろうか。
スカイマークの失敗の原因は、一言で言えばコミュニケーションスキルにありました。同じ内容を伝えるにしても、どう言えば賛同が得られ、どう言うと批判されるか。その吟味が足りなかったのだと思います。それについては同社も真摯に受け止めたようで、次のようなメッセージが同社サイトに掲載されています。
http://www.skymark.co.jp/ja/information/service_concept.html
この件について、ネットでは賛否両論。ポリシーが明瞭で良いと賛同する意見も目にします。今回の事件によって、ポリシーを明確に打ち出すこと自体について、人や企業が臆病になるべきではないと私は思います。なぜなら、サービスを選択する側にとって、ポリシーが明確であれば、選択するかどうかを自分で決められるからです。選択する自由/選択しない自由を提供することは、それ自体が価値あることなのではないでしょうか。