お節介にも三分の理
先週金曜日、11月29日に当社は創立40周年を迎えました。
メルマガを読んでくださっているみなさまには、
日頃のご愛顧に対し、心から感謝申し上げます。
営業職がいないのに、
唯一無二の理由があるわけではありませんが、
敢えて大きかった要因があるとするなら、
それは当社が少なからず「お節介体質」
お節介という言葉自体、最近、あまり耳にしなくなっていますね。
Z世代に通じるかしら?
頼まれてもいないのに、世話を焼くことです。
・でしゃばり
・余計なお世話
・口出し
こう聞くと、なんだか悪いイメージですよね。
・進言する
・参謀的な役割を果たす
・忠信である
こう聞くと、少しイメージが良くなったかもしれません。
でも、頼まれてもいないのにする、という意味は変わりません。
悪目立ちという言葉があるように、
頼まれていないことをするのは、でしゃばりであって、
あまり良くないと考える人は少なくない気がします。
十何年か前、若手の社員からこんなことを言われました。
ーーウチの会社ではお客様にとっての参謀という存在を目指せ。
そのためには意見を言えるようになれと言われるが、一方では、
お客様に寄り添えとも言われる。
同時に別のことを求められている気がする。
進言するのか、寄り添うのか、
もっと簡単にいうなら、進言するか、しないか、
この2択でご自分がどうありたいか、
進言や意見を述べることは、お客様との関係だけではなく、
上司部下間でも同僚間でも「する人」「しない人」に
分かれるのではないでしょうか。
私は、
「参謀のような価値」を提供できる会社にしたかったからです。
「参謀」という言葉と出会ったときには、「これだ!」
ただ役に立つ存在ではなく、頼れる参謀という存在になるには、
イエスマンもNGだし、我を通すために主張するのもNGで、
相手の立場を自分ごととして考え、
信念に従って率直かつフェアでいること。
これが、
40代の頃にこんな出来事がありました。
ある高級美容室チェーンを経営する会社の社長が、私に
「某雑誌からとても良い条件でタイアップのオファーがあった。
どう思う? いい話でしょ?」とおっしゃいました。
背中を押されたくて、出た話であることは十分に分かりましたが、
私は無料だったとしても止めた方がいいと反対意見を唱えました。
というのは、
その雑誌の読者層が高年齢層だったからです。
予想通りでしたが、当然その社長の気分を害すこととなりました。
論破するためにボコボコにされたと言っても過言ではありません。
(少々ワンマンな方だったこともあったかと思います)
しかし、それから数日後、社長直々にお電話をくださり、
「あの話は止めることにした」とおっしゃいました。
進言したことが正しかったのかは誰にもわかりません。
でも、信頼してくださったことは間違いありませんでした。
「お節介体質」
お節介にも三分の理。
そういえば、このメルマガ自体も少々お節介の傾向がありますね笑
お節介体質を受け入れて、読んでくださり、
いよいよ師走です。
2024年をいい形でフィニッシュできますように!